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世田谷ゆかりの画家たち(次回予告)

2022年秋季企画展
祝・世田谷区制90周年

世田谷ゆかりの画家たち

2022年9月1日(木)~12月16日(金)

休館日/土曜(但し第四土曜9/24、10/22、11/26は開館)、日曜、祝日
開館時間/午前10時〜午後4時30分(入館は4時まで)
入館料/300円 *障碍者・75歳以上・学生および再来館等割引あり
会場/齋田記念館 展示室
世田谷ゆかりの画家たち(次回予告)

世田谷三宿に「白田舎」を構え、
写実による新境地を開いた

平福百穂(1877~1933)

猛鷲 

もうしゅう

大正時代(20世紀) 
紙本墨画金彩・1幅

 
 平福百穂は、画家の平福穂庵の四男で、秋田県角館生まれ。上京して川端玉章に入門。東京美術学校日本画選科卒業後、同門の結城素明らと自然主義を標榜して无声会を結成し、同会解散後は金鈴社を結成。大正8年、世田谷区三宿に画室「白田舎」を構え、塾生を指導した。晩年、東京美術学校教授に就任。アララギ派の歌人としても知られる。
 本作には、百穂自身が「猛鷲」と書いた箱書が添う。鳥の王者の鷹と長寿の象徴の松を描いた「松鷹図」は、武将の鷹狩の風習と相まって、室町時代以降多くの作例が知られるが、本作は、一般的な鷹よりもはるかに大きい鷲をダイナミックに描いた珍しい作例。たらし込みや擦れなど筆遣いも自在で迫力漲り、水墨を基本としながらも鷲の随所に金彩が施され、威厳溢れる鷲の姿を際立たせている。落款に「百穂寫于百田艸堂」とあり、世田谷の三宿時代の作。
世田谷ゆかりの画家たち(次回予告)

用賀村の名主の娘・飯田コウを
妻とした歴史人物画の大家

菊池容齋(1788~1878)

竹内宿禰図

たけのうちのすくねず

慶應3年(1867) 
絹本著色・1幅

 
 菊池容齋は、江戸生まれの歴史人物画の大家。旧姓河原、名は武保。14歳で河原家の家督を継ぎ幕府に出仕。後に南朝の忠臣・菊池武時の末裔である父の実家の断絶により菊池姓を継いだ。絵画は狩野派の高田円乗に師事。有職故実を学び、明治元年、日本の南北朝時代までの歴史上の人物571人の像を描いた『前賢故実』全十巻を上梓。精細な考証を経た歴史人物画はその後の画家の典拠とされた。
容齋は、齋田家八代東野の漢詩文の師・岡本花亭と知己であり、また用賀村の名主・飯田コウを妻としたことから、齋田家ともつながりがあった可能性が高い。
 本作に描かれた武内宿禰は、大和朝廷で活躍したとされる伝説の人で、凡そ300歳の長寿であったという。落款から容齋80歳の作。容齋には84歳の自画像があるが、豊かな白鬚の武内宿禰像はまるで容齋の自画像のようだ。
世田谷ゆかりの画家たち(次回予告)

筆勢ほとばしる墨梅を描いた
豪徳寺第二十二世

巨海東流(1779~1853)

墨梅図

ぼくばいず

江戸後期(19世紀) 
紙本墨画・1幅

 
 巨海東流は、江戸後期の曹洞宗の僧。梅道人・碓房などと称す。越後の長福寺の梁山全棟について出家、のち担戒良重の法を嗣いだ。信濃の大聖寺や志摩の常安寺に歴住し、天保4年、世田谷の豪徳寺の第二十二世の住持となった。なお、齋田家の八代東野と九代雲岱は、巨海東流の著『永平発菩提心弁解』に、詩や画を寄せており、浅からぬ親交があったことを物語っている。
 巨海東流は、本作のような墨梅図を得意としたようで、多くの作例が知られる。画面を斜めに横切る梅の太い幹から伸びる小枝の筆線は、スピードにのって引かれ、大胆に折れ曲がったり、孤を描いたりして、一気呵成に描かれる。この筆勢ほとばしるダイナミックな表現が巨海の墨梅図の最大の魅力であろう。上部の賛は、長寿を讃える七言絶句で、おそらくは齋田家の八代東野へ、長寿の祝いとして贈られたものとみられる。

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