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齋田記念館では、主に旧代田村名主齋田家伝来の古文書、齋田家歴代および交遊のあった文人の書画・典籍、近代日本画、明治期の齋田家茶業に関わる古文書、茶道具・民具、茶書(茶の湯に関わる文献資料)等を所蔵し、年間約二回の企画展を通じて順次公開しております。

■主なコレクション

◎八代 齋田平吉(号・東野)筆 尚歯会寿詩

 八代平吉(1773-1852)は幼年より学問を好み、儒学を叔父の齋田東城に、書を沢田東江に、詩を岡本花亭に学び、東野(とうや)と号し、後に一家をなし、私塾「発蒙塾」を開いて、後学の育成にもあたった。
 天保13年(1842)9月26日、東野は上田善淵の観稼亭で催された尚歯会に参加した。尚歯会は長寿を祝う会であるが、江戸後期には文人が集う知識や情報交換の場となっていた。この会には、館柳湾・菊池五山・大岡雲峰・諏訪鵞湖が出席し、師の岡本花亭と佐藤一齋は故あり欠席したが、東野は当時の一流の文人たちとともに集った喜びを自ら詩に詠んで揮毫した。沢田東江を通じて、唐様の書を学んだ東野の書の優品。

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◎九代 齋田萬蔵(号・雲岱)筆 博物図譜

 九代萬蔵(1801-1858)は、当時の高名な画家大岡雲峰に学び、雲岱(うんたい)の号を授けられた。当館には雲岱の描いた博物図譜が大量に遺されている。博物学や本草学は、江戸時代の寛政期(1789-1801)以降、一大ブームとなり、谷文晁や屋代弘賢らの「耽奇会」や富山藩主前田利保らの「赭鞭会」を中心に博物図譜の作成や展観が行われた。谷文晁門下の大岡雲峰に師事した雲岱は、これらの影響を受けて、写生の技法を培った。雲岱の図譜は写生を基礎としながらも、実見できないものについては、先人の手がけた図譜を忠実に模写し補っている。

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◎齋田家茶圃全図

 明治時代半ば、齋田家の茶業が最も盛んだったころ、十一代又一郎の所有した茶園の図である。齋田家の茶園は主に砂利場と呼ばれた今の代田二丁目一帯にあり、四町二反八畝二四歩(一万二千坪余)の広大なものであった。

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◎葉茶壺

 明治期、齋田茶を輸出する際に使用した葉茶壺と伝えられる。

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◎齋田茶の内国勧業博覧会および万国博覧会の賞状

 齋田家では、明治3年(1870)、十代平太郎(1821-1875)が本格的に製茶を開始したが、明治8年(1875)、志半ばで病没。十八歳で父の後を継いだ十一代又一郎(1858-1907)は、父にもまして製茶の研究に励み、その甲斐あって、齋田茶は内国勧業博覧会や万国博覧会で入賞を果たした。

左/明治14年 (1881)  第2回内国勧業博覧会 有功二等賞状
中/明治18年 (1885)  アメリカ・ニューオリンズ万国博覧会 褒状
右/明治28年 (1895)  第4回内国勧業博覧会 有功二等賞状

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◎『山上宗二記』高野山安養院宛本(巻子本)

 千利休の弟子の山上宗二(1544-1590)が、茶の湯の初心者のために記した茶の湯の秘伝書。『山上宗二記』の内容は、その大半が名物茶道具の目録で、『茶器名物集』という別名もある。この他、聞香、茶花、茶人としての心構え、平面図入りの茶室の例、茶の湯の名人などが列挙される。『山上宗二記』は、山上宗二が豊臣秀吉の勘気を蒙り、高野山にこもっていた時に記されたもの。諸本あり、伝授の月日により「正月本」と「二月本」に分類されるが、齋田記念館所蔵の巻子本は、「正月本」に属する天正16年(1588)正月21日付の高野山安養院宛本。もとより山上宗二の自筆ではないが、『山上宗二記』の貴重な写本の一つ。

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◎狩野甫信筆 製茶絵巻­­

 江戸の浜町狩野家二代、狩野甫信(かのうよしのぶ/1692-1745)が描いた製茶絵巻。狩野甫信は、木挽町狩野家二代の狩野常信の三男。次兄の岑信が浜町狩野家を興すも、子に恵まれなかったため、甫信が二代目を継いだ。
 本作は、抹茶の製造過程を絵解き風に描いたもの。古来様々な喫茶の風を描いた絵画は多いが、茶園や茶摘み、製茶や茶詰の様子を描いた本作のような製茶絵巻は数点が確認されるのみである。とりわけ、本作は製茶絵巻おける初期の作例として貴重なもの。

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